2000年からリモートワーク(二拠点居住)していた音楽家「TEI TOWA」

TOWA TEI 94 14  20TH ANNIV  TOKYO JAPAN|Warner Music Japan

最近になってから「リモートワーク」という単語をよく聞くようになりましたね。これは、「ノマドワーク」とか「クラウドワーク」、「在宅ワーク」とかそういった部分も似たような言葉で、総務省的には「テレワーク」と言いたいそうな。

ちなみにですけど、テレワークの定義というのは「ITを活用して、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」だそうで、「週8時間以上」そういった作業をしている人はテレワーカー扱いだそうで、H24年の統計によれば国内ワーカーの21.3%はテレワーク人口とのこと(ちょこっとまとめてみました)。

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「九州変態会議」「移住フェス」などを経て、いま思うこと

30日、31日は東京にきておりまして、「移住」を主なテーマにしながら動き回っていました。たくさんの出会いがあって、それは初対面も再会もあってで、よい週末を過ごせた気がします。

さてさて、順を追いますと、30日は「九州変態会議」というイベントへ足を運びました。以前も少し触れた「みんなの移住計画」のなかの「〇〇移住計画」を九州で展開するメンバーが集まったこちらの会。

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こんな「京都わかもん会議」は嫌だ

ぼくは1988年に生まれました。平成前の、ギリ昭和。で、いつも思っているのが、ぼくらの世代は、動くことよりも考えることをより好む傾向があるんじゃないか、ということ。よく言えば、熟考型の慎重派。わるく言えば、ビビりの頭でっかち。誰かのやった経験や言葉を借り、さも自分が経験したかのように語り、他人のふんどしで相撲をとるような、そんな世代だろうなと。まさに自分がそうなんですよね。それがいつもこわい。

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日本(の魅力)はそんなもんじゃないよな

日本人の知らない日本が、まだまだある。あれ、これって前も言ってたな

全国各地、知らないだけ、行ったことがないだけで、魅力的な場所はたくさんあるんだろうなぁ。美味いもの、職人業がつまったもの、きれいな風景、そして、そこで暮らす人は、その土地の財産そのものだ。


沖縄から上京したばかりの頃の、バカたれなぼくは、沖縄と東京だけで、日本を知ったつもりになっていた。だけど、それは当然のように間違っていて、同じ沖縄でも東京でも、ところ変われば、知らないものばかり。発見ばかりだった。

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日本人なのに日本がおもしろいことを知らない人へ

突然ですが、ぼくは東京外国語大学という、東京でもへんぴなとこ(府中)にある大学に通っていました。だからこそ、つよく思うことがあります。「日本っておもしろいよね」と。

大学に“外国語”がつくるだけあって、在学生の7割ほどが留学を経験する大学にぼくはいたわけです。そうなると、知り合いのほとんどが留学へ。で、彼らが出かけて帰ってきたときに話を聞くと「日本についてなにも知らないんだな、って気付いた」「国内をもっとまわってみたい」というポジティブで、リアリティある言葉をもらえるのです。

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8時だョ!全員集合できる?

ぼくは伊平屋島(沖縄)というド田舎で育ちました。それから、東京生活を味わっています。

あたり前でしょ? とつっこまれるのを覚悟で言うんですが、都会といなかは違います。なにが違うって、時間の過ごし方、時間の感じ方でしょうか。1日は同じ24時間なのに不思議ですよねぇ。

 

小豆島に3ヶ月ほど滞在していたことがあります。そのとき同世代で「地域おこし協力隊」で活動する向井くんと出会いました。彼は奈良出身で、大学から京都、そして今は小豆島という土地遍歴を持っています。

cf. / 小さな社会実験場

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冬の、小豆島の海はおだやかすぎて、時間の感覚を忘れちゃいそうでした

 

で、ですね、彼とこんな話をしました。「18時に日本全国にいるみんな、なにしてんだろうね?」と。まだ仕事している人もいれば、もうお酒を飲みはじめてる人もいるし、家族と食卓を囲んでいる人もいて、ほんとさまざま。

たいてい18時は、都会の人からすれば“まだまだこれからだ!”という序の口の時間帯ですよね。反対に、いなかの人からすれば、もうまったりしてる時間だったりすることが多いです。そう、いなかは夜がしとしと長いんですよね。

日曜日の18時でさえ、ちゃんと家にいれて「ちびまる子ちゃん」を観れる人はどのくらいいるんでしょうか。

 

自分の東京時代を振り返ってみました。そもそも仕事が21時過ぎに終わります。それでそのままカフェでも行って作業をして、終電で帰るのがあたり前でした。これがあたり前だなんて、ちょっと悲しいですよね。時間に追われまくっていて。うまくは言えないですが、地元では時間を追うというか、ちゃんと時間と一緒に過ごせている感覚がありました。

小豆島にいるときは、18時にはもう仕事は一応終えていて、自分が好きなことだったり、みんなでご飯を食べる準備をしていたり、のんびりできていた気がします。

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冬の、小豆島の18時は、やっぱり真っ暗でした。その手前に、かかさず海辺で1枚ぱしゃり

 

だから考え直したんですよね。なるべく、はたらかないようにしようと。時間帯を指定して「ここは家にいよう」とか「ここはだれかと過ごそう」とか、はたらく時間よりもくらしの時間を優先したいなと。

くらしに標準を合わせて、逆算してはたらく。そっちのほうが、1日がちょっと長くなって気持ちいいんですよね。仕事のこなし方に頭を使うようになって、前より効率もよくなれた気もします(そんな気がするだけは恐いですけどね。)

あるいは、はたらく環境そのものを一度疑ってみて、調整してみるのもひとつの手だと思います。場合によっては、転職の選択肢もでてくるかもしれません。

 

(これまで)自分がある時間になにをしてるか振り返ることと、そして(これから)自分がその時間になにをしていたいか見直してみること。それが自分のくらしのリハビリになりますし、大切にしたいことです。

「この時間には、この場所で、これをしてたいなぁ」というくらしの像を描いてから、はたらき方をむむむと整えて、仕事選んでいく。仕事のためにくらしがあるのでなく、仕事はあくまでくらしの一部として。自分のくらしをつくるために、汗をかけたほうがいいですよね。

 

小豆島で向井くんと話したのは“18時”という時間について。ただいっても、18時はあくせくする、けっこー大変な時間。それなので、“20時”がひとつの基準にしやすい気がします。

かつて『8時だョ!全員集合!』という超絶人気番組がありました。ゴールデンタイムですが、当時は家族みんなが集まって、一緒にテレビを観るなんてなごやかな時間があったんでしょうね。

ただ今はどうなんでしょう。20時に全員集合できるの? 時代とか社会のせいだ、という理由でそれできなくなったとしたらほんと寂しいことです。

 

ぼく思うんです。20時を大切にできる人が増えれば、日本はもっともっと楽しい国になるんじゃないかって。OTTOとしては、30才で、子どもと一緒にご飯を食べている20時にしようと決めています。そこめざして、今から準備を”いろいろ”がんばります。

20時になにをしてる? ほんとはなにをしていたい? たまに、ふと我に返る「ちゃんと、くらそうよ」スイッチが入るんですよね。みんなもどっかしらに付いてるスイッチだと思うんだけどなぁ。オンになるのはいつだろ。

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facebookをmixiにします

 

くらしとSNSの関係性を、考える機会が年々増えている気がします。

    facebook mixi bot

リアルとは違ったくらしの像を、SNSを使えば、ネットによくもわるくも描けますよね。最近このSNSとの関係性、特にいえばfacebookの付き合い方を変えることにしました。

 

新しいとか古いとか関係なく、「mixi」を使っている人はまだまだいると思います。ぼくも漏れずにそれで、アカウントを残しています。

ただ積極的にログインするわけではなく、Twitterと連携させてつぶやきを流す、という使い方です。なんというか、ぼくにとってmixiはもう「bot」みたいなものなんです。

 

ここ数年の普及で、もともとmixiでやっていたことが、いつの間にかfacebookに移っていきましたよね。これがざっくりした“mixi離れ”の流れではないでしょうか。そのfacebookから、またぼくは去ろうと思ってます。

facebookをmixiにします、facebookをbot化させます。

 

Facebookに距離をおくわけ

理由を5つあげます。

 

1. 反応に困ってしまう

投稿したことに対してコメントをもらえることがあります。ただ、性格上、これを返すコメントを考えるのに苦戦してしまいます。丁寧に返さなくちゃと思ってしまうので。個人的にはこれは大きかったです。

 

2. 結局は、流れてしまう

facebookの性質上ではありますが、タイムラインなので、投稿はすべて流れさってしまいます。なんとなく、刹那なことのために、注力して投稿するのはばからしいな思いました。というか、過去を振り返るとばかでした。フローでなくて、ストックできる自分の財産をネットでもつくりたい。

 

3. リア充(もどき)がたくさるいる

タイムラインを眺めていると、なんか楽しそうなというか、うさんくさいというか、「!」マーク満載の投稿がわんさか流れてきます。これが精神的につかれます。ましてや、コメントされると先ほどの「1」がやってくるのでうへぇー…….となります。

 

4.  力関係がみえてきて気持ちがわるい

最近はおじさん、おばさん世代がかなりfacebookにやんや登場します。仕事もできて、さらにfacebookも使うもんだから、彼らの投稿にはいいねやコメントがすぐ集まるんですよね。するとfacebookのこれまた性質上、タイムラインに現れること多いです。ネットにまで力関係がみえてしまって、バイラルメディア的な気持ちわるさを感じちゃうんです。どこかで儲けが生まれようとしているのが苦手です。

 

5. 井の中の蛙だ

元も子もないんですけど「自分のfacebook投稿は、そもそもだれも見ていない」と考えるようにしました。反応があったとしても、それは知り合いだからなだけで、リップサービスみたいなもの。いい投稿ができれば、どんどん広がるんでしょうが、身内からはじまると一般化はしにくいです。知り合いからのいいねやコメントに甘えているのは、自分をだめにする気がしました。一応、もの書きのはしくれとして。

ここらへんは、松倉さんの記事を読むとすこしはニュアンスが伝わるかもしれません。

誰も君のことなんか見てない – CNTR

 

具体的に変わること、変わらないこと

facebookはもともと「仕事:プライベート=50:50」みたいな使い方をしていました。

mixiからfacebookに移ったように、革新的なプラットフォームができたわけでもないので、投稿のベースは「Twitter」「Blog」「Instagram」と分けます。Blogに一番力をいれていきたいです。

ということで、Blog(このOTTOもそうです)での記事投稿を増やします。それを予約投稿サービス「Buffer」でTwitterはもちろん、Facebookにひたすら流していきます。そうやってbot化させます。

buffer
もう2年くらい使ってますが、Bufferは超便利です

先ほど「そもそもだれも見ていない」と言いましたが、だれも見ていないからこそ、botのように大量に流しても大丈夫だろうと、bot化を決めました。

これまでは、ぼくごときが投稿し過ぎたら迷惑だろうなぁ、とへんな気を遣ってましたしね。へんだったのはぼく自身でした。

 

facebookの「ページ」「グループ」「メッセージ」機能は今後も使います。ここでのコミュニケーションが必要なことは多いですし。それと、情報収集としてフィードは眺めます。気が向いたときに、いいねしたりコメントしたりします。

facebookの個人ページ(閲覧でなく投稿側)だけが非アクティブになる。というのが、変化として一番正しい表現かもしれません。これが今後のぼくのfacebookとの付き合い方です。

 

mixiのときもそうでしたが、別にfacebookがわるい、とSNS自体への文句が言いたいわけではありません。良くするのも悪くするのも使うユーザー次第なんですから。

そもそもはテクノジーですから、くらしをよくするためにSNSもあるのでしょうね。だからこそそれに捉われたくはないな、と思います。とりあえず、facebookにぼくの肌質が合わなかった、ということでしょうか。facebookと距離をおいていきます。

もしかしたら、これがぼくの“デジタルデトックス”のはじまりかもしれません。それか、もしかしたら、ぼくがへんくつなだけかもしれません……。

facebook mixi bot 2

 

ちなみにですけど、フォローのはずし方について

facebookで、ぼくみたいなタイムラインがうるさい人がいて、自分のフィードにもう流したくないな、思ったら友達のままでもフォローをはずせますよ。

ぼくもなんだかんだフィードを整理したくて、知り合いでもそぉーっとはずしてます。会ったらどんなに楽しく話せる人でもです。リアルとネットは違いますしね。ここらへん気軽でいいと思います。

facebookでフォローのはずし方

 

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坂本九が未来のぼくらに向けたメッセージ

 

自分と「Facebook」、みんなと「ソーシャルメディア」の関係性をもっかい見直してみよう、と思いました。

 

そのきっかけは、YouTubeでみつけたこちらの動画。

 

YouTube Preview Image

 

こちらの『LOOK UP』、翻訳すると『視線をあげよう』。約5分の内容をサッとまとめると「孤独にスマホの画面ばかり眺めてなんかいないで、もっとリアルな世界を生きようよ、目の前の人との時間を過ごそうよ」というもの。

 

OTTO的にグッときたフレーズはこちら。

iPad無しで息子を楽しませられないのなら
世界一のパパにはなれません

 

ぼくらは、自ら進んで孤独になろうとしているのかもしれません。ネットでつながることに心地よさを覚えてしまったがために。Facebookの友達が、全員が全員、本当の友達なわけではないはずですよね。実際に面と向かって会えて、表情をみて、ことばを交わして、時間を共有できる人が、友達もしくは大切な人だとぼくは思います。「友達」という言葉にだまされちゃいけません。

 

ぼく自身の経験として、Facebookの“赤いお知らせ”に疲れちゃったことがあります。お酒が薬にも毒にもなるように、Facebookも使い方次第だろうとは考えていて、「Facebook(限定条件で)を1週間休んでみた。」「Facebookしばらく休みます。」と試行錯誤してきました。「見えてないのではなく、見ていない。」はそこで感じたことのひとつ。幾らかもがいてみて、確実に言えることは、“無意識的に使っている自分が一番恐い”ということ。

 

みんなスカスカの人生なのに、幸せそうなフリしてるだけなんだよ

たまたま見かけたリリー・フランキーの言葉がグサっと刺さります。

 

あらためて「ソーシャルメディア」とは何でしょう。「ソーシャル」はリアルな人と人のコミュニケーションで、「メディア」は人の上向きな動きをつくるもの。そう考えると、本来ソーシャルメディアは、ネットで関係性が完結することなく、リアルな場で、人がより善くなれる会話をつくるもの。あくまで、これはぼくの解釈であり、ひとつの提案なんですけどね。

 

Facebookを使うな、って難しいことだと思うんです。もうこんなにも生活の中に入りこんじゃってるんですから。辞めるという選択肢もあります。ですが、大切な人をリアルな自分の目の前に引き寄せるツールだと考えて、それは毒ではなく薬として、うまく付き合っていけば良いのではないでしょうか。

 

『LOOK UP』を観て、ソーシャルメディアについて考えていたら、ふと坂本九の名曲『上を向いて歩こう』が頭にちらつきました。もしかしたら、未来でくらすぼくたちに向けたメッセージなんじゃないかって。孤独で涙がこぼれないように、上を向くんですね。

 

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Facebook(限定条件で)を1週間休んでみた。

 

Facebook(投稿だけ)1週間休みました

 

いきなりですが、Facebookとの付き合い方を考えるための実験をしてみました。

これまでもちょっとずつ、使い方のルール変更してたのですが、

今回は「(個人アカウントで)投稿をしない」という試みを1週間やりました。

 

始めようと思った理由は、

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小豆島でぼくは人間になる。#2

 

2014年、明けましておめでとうございます。

年末年始は京都で過ごしたのですが、世間的にも仕事始めである1/6に小豆島に戻ってきました。居候の身ではありますが、家に着いたと同時に「帰ってきたー」という感覚があるのはとても嬉しいことです。

龍の伝説、西の滝に行きました

1/6は仕事始めだったこともあり、ポンさんに「西の滝/龍水寺」に連れていってもらいました。初詣にまだ行けてなかったので、ありがたかったです。西の滝は、山を登ったところにあります。

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西の滝には「悪事をはたらいた龍が弘法大師によって”かめ”に封じ込められ、その龍が罪滅ぼしに清水を絶やさぬよう湧かしている」というな伝説が

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参拝時にいらっしゃった和尚さん曰く、1200年以上前から建っていて、小豆島でもかなり古いお寺になるそうです。密教と関連あるヨガのお話も少し聞けました。

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甘酒の振る舞い。美味しかったです。

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西の滝から見下ろす小豆島は、絶景です。この写真の撮影地点からさらに上に登ると、空と海の視界がグッと広がります。

 

ポンさんの2014年の抱負「爆発」に対して、僕は「再」です。これまでに会った人や場所と再びつながる力を付けたいのが理由です。詳しくは他ブログに書きました。よければご覧頂けますと。

> 一字に一年を込める、日本人はいいな: http://8788.blog.jp/archives/kanji20132014

 

夜が長いから、向き合えること

実際の滞在日数はさておいて、小豆島の生活もちょうど1ヶ月目が終え、2ヶ月めに入りました。それでも未だに「島ならではのこと」が多々あります。「夜が長い」のもその一つです。正確には「夜が長く感じられる」なのですが。。

冬の季節のせいか、やはり日が落ちるのが早いです。夜になると外に出かけることも滅多にありません。暗くなったら、後は家で過ごす流れが出来あがってます。そんな日々が続いており、一日がとても長く感じられます。得してるかも。俗に言うスローライフとはこんな感じなんでしょうね。

東京に住んでいた時は、ほぼ終電で帰るような生活をしていました。また最近までいた京都では深夜2時までやっているスタ—バックスで夜な夜な過ごしていたので、尚更に違いをひしひしと感じます。

「夜、遊びに行く場所がない!(笑)」が本音です。出かける用事があるとすれば、ちょっとコンビ二に立ち読みにいくか、軽く散歩をするかです。もちろん、時には皆で集まって食卓を囲むことはありますが、日常茶飯事なわけではありません。

テレビやYouTubeを観る/本を読む/仕事を除くと、長い夜が手持ち無沙汰になることが多いわけです。暗がりもあってか、自然と自分に向き合う時間が生まれます。

題目もいろいろありますが、

” 自分にとって気持ちよい暮らしってなんだろうな?”

と考える機会が個人的には増えました。小豆島での暮らし、故郷の伊平屋島での暮らし、東京での暮らしを比較しながら自分の気持ちに向き合うことができるのは幸いです。

ゆっくりと考える行為と時間自体が、都会では強く意識しなければ取りにくいように思います。都会は常にスピードが求められ、迫りに迫った取捨選択をさせられがちなので。「ゆっくりと居る/在る」ただそれだけの大切さを、ただ小豆島にいるだけで、痛感しています。

 

人間になるための5つの方法

言い換えると、人間に近づく(人間らしくなる)ための方法です。

 

1. アナログ・タイムを増やす

:パソコンや電車など、便利/効率的なものに頼りすぎない。可能な限りは、白紙を相手に手作業したり、歩いての移動だったり、スローで動く時間をつくる。

 

2. 五感を研ぐ

:受け身で[聞く/見る/食べる/触れる/匂う]のでなく、自分から意識的に[聴く/視る/味わう/触る/嗅ぐ]を。ナイフのように鋭く、攻めの五感活用へ。

 

3. 感情はくっきりと表現する

:顔面と場面にメリハリをつけて、相手に伝わる感情表現ができるように。言わずとも”察する”のが日本人の素敵な感性だとも思うので、何でもかんでもという訳にはいかないけども。

 

4. 会話をおこす

:おすそわけや食卓を一緒に囲むなど、場や物などの共有が増えれば、自然に言葉も躱され、人と人との会話が生まれる。オンライン/オフライン問わず、共有する機会を作っていく。

 

5. 小さいことを可愛がる

:些細なことに気を配る。遠くの人より、目の前の人のちょっとした事に気付ける、何か手伝えるものを探す。ネットも手紙もなかった時代を想像すると、コミュニティは身の回りの人だけで形成されてただろうし。だから目の前で起きる事から始める。

 

と…先ほど触れた「再」を今年の(表)抱負とすれば、こちらの方法を実践することが今年の(裏)抱負です。人間になりたいんです笑。2014年もさまざまな方に、僕が人間になるのを手助けしてもらうと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

2014-01-06 08.57.18

> 小豆島でぼくは人間になる。#0-:http://nurariworks.com/archives/category/imat/shodoshima

>小豆島でぼくは人間になる。[extra]#1-:http://8788.blog.jp/archives/shodoshima

 

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