ちょっとだけ「〇〇移住計画」を読みとく

ここ数年で「移住」という言葉の捉え方が変わってきました。かつては「永住を覚悟して…」というように深刻だったものが、最近では「都会から地方へ移り住む」というカジュアルなものへ。またリタイア世代よりも、若者世代が地方に飛びだすような、年齢層の変化も見逃せません。

地方創世、東京一極集中などの単語がよく口にされ、その文脈に乗って、新たな暮らしや働き方の価値観を探り、多くの人が地方移住に備えはじめているようです。

「どこで、だれと、なにをして暮らすのか?」 という問いに真摯に向きあい、具体的な選択肢を求める人が増えるなか、「移住計画」という存在は、一役買っているのかもしれません。

 

 

「居・職・住」を “応援” する

新潟や信州、岐阜に島根、佐賀、鹿児島、と日本各地で立ち上がる「◯◯移住計画」。そのはじまりは、京都移住計画でした。次に福岡移住計画がはじまり、各地へと広がっています。

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そもそも移住計画とは、移住をするうえで必要な「居(コミュニティ)・職(仕事)・住(住まい)」という3つのアプローチから、その地域での「暮らす・働く・住む」を応援するプロジェクトのこと。

移住“支援”ではなく、あくまで移住者が主体的に動くための“応援”を、オンラインとオフラインの両輪で進めています。

 

 

「みんなの移住計画」は、星座をえがくように

そんな各地で動いていた移住計画は、今年6月にある想いのもと、「みんなの移住計画」という大きなプロジェクトとしてのスタートを切りました。

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生きたい場所で生きる人の旗印へ

みんなの移住計画は、それぞれの移住計画が、移り住もうとする人を奪い合うのではなく、その人にとって最良の選択ができるように、手を取り合って、それぞれが情報発信をしていこうという取り組み。地域は違えど、流れくる情報にはどこからしらの共通点はあり、「移住」そのものを考えるヒントにもなりそうです。

地域や移住に対する想いが共鳴するからこその移住計画の同盟であり、それぞれ点在する各地域がつながり、結びつくことで、移住したい人が見つめる星座をえがけるように、と想いもあるそうです。

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点の一つひとつが、星に見えるような・・・

 

 

 

「〇〇移住計画」のはじまりを読みとく

想いは同じであっても、地域性や組織のあり方は異なるため、やはり移住計画としての色も微妙も変わってきます。その違いを細かく見ていこうとすると、区別も付けにくいかもしれません。

ここで一つ提案させてもらいたいのが、「〇〇移住計画の読みとき方」。観点を少しだけ変え、自分なりの考察も含めて、共有させてもらいます。(*あくまで、個人的な考察の部分は大きいので、お間違えがあったときには責めないでくださいね…)

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京都(Uターン・居) / 福岡(Iターン・職)/ cf. 久留米(Uターン・住)

マトリクスの縦軸は、移住計画代表がどの「立場」でプロジェクトを進めているか横軸は、先ほども触れさせてもらった「居・職・住」のどのアプローチからはじめたのか。先に断っておくと、どれだと良いとか悪いとかではなく、どのように動きはじめたのか、その変遷を見ていくための指標として参考にしてもらえるとさいわいです。

京都移住計画代表の田村篤史さんは、京都(長岡京)出身で、東京での社会人経験を経て、京都へUターンしています。東京滞在時から自身が京都へ戻るための方法を模索するなかで、まわりを巻き込みながら、移住者(と移住検討者)が集い語らう「京都移住茶論」の原型をつくりました。

ウェブでの情報発信はFacebookページからはじめています。そこから、ウェブサイトへ。田村さん自身が人材系企業にいた経験を活かして、求人メディアの機能や、新しくUターンしてきたメンバーが不動産を担当するように。ということで、「居→職→住」の流れが京都移住計画。

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田村篤志さん

 

福岡移住計画代表の須賀大介さんは、茨城(水戸)出身。2012年に、東京から福岡へご家族でIターンしています。その翌年から移住計画が動きはじめるのですが、大きなムーブメントになった(ように見えた)のは、2014年の東京都内イベントから。福岡市が創業特区に選ばれたことも重なり、行政もバックアップしての開催。その会にぼくも参加させてもらったのですが、福岡に拠点を置いている企業ブースも並び、「職」からのアプローチがやや印象的。

その後は、福岡R不動産とコラボしてのトライアルワークステイの仕掛けづくりや、糸島「ライズアップケヤ」や今宿「SALT」での場づくりが本格的にはじまりました。情報発信としてユニークなのが「福岡移住計画ラジオ」の媒体も整えていること。

Iターンだからこそ抱える悩みはあり、ご自身も体験したからこそできる歩み寄りや、共創できる場づくりを進める須賀さん。「職」→「住」⇆「居」の流れを組んでいるように思えます。

 

立場による「だれがやるか」は「だれが巻き込みやすくなるか」に影響し、アプローチによる「どれから手をつけるか」は「地域が抱える文化的特性や課題を(少なからず)反映する」こともあり、移住計画がどのようにつくられていくのか、指標にはなるはずです。他の移住計画についても、その縦横の二つの観点でみてみると、新たに見えてくるものがあるかもしれません(やりきれてないので、どなたかお願いします…)

 

みんな違ってみんないい、の「みんな」で手を組む

どうもがいても過去を変えられることもなく、「立場」はどうしようもありません。Uターンだからこそ、Iターンだからこそ、ずっと地元にいるからこそ、の視点は必ずあるわけので、その立場をどのように活かせるかは大事ですよね。

そこに留まらず、生きた時代が異なる世代、専門性が違う職業、同じ都道府県内の各地域、の人たちが「横・縦・斜め」とあらゆる方面で手を組み、どのように「視点・知恵・技術・つながり」を共有できるかによって、その移住計画の多様性と幅が決まってくるのではないか、と思います。

 

バランス感覚 ー 沖縄に寄せてみて

「居・職・住」はどこからはじまろうと、必ずバランスをとっていく必要が出てきます。特に「居」の部分はケアしていきたいこと。「仕事があるから」「住まいがあるから」という理由だけで移住できなくはないでしょうが、地域の人との交流がうまくできないためにつらい思いをする移住者も少なくありません。

沖縄の例にはなりますが、毎年25000人以上の県外からの転入者がいても、その反面、同数の県外への転出者がいるそうです。3年以内に島から出ていく人も少なくない…。沖縄の自然に魅了にされ、「移住したい!」と住まいや仕事はなんとか見つけて移住はしたものの、文化や価値観が大きく異なる島人とのしがらみが嫌になって引き返す、というような話はよく耳にします。

楽園としての沖縄ではなく、移住前に暮らしとしての沖縄をイメージするための場であったり、地元の人との交流機会や、地元の人とつなぐコーディネーターの存在は必要であり、単にハード(職・住)が揃えばいいわけでなく、ソフト(居)があってこそのハード!という部分は大きいのでしょう。

 

「ちゃんぷるー」がきっとおもしろい

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……と、ごちゃごちゃと御託を並べてしまいましたが、移住で大切にできたらいいなぁと思うことはただ一つ。Iターン、いやUターンであっても、移住するということは、先人たちの暮らしにお邪魔することであり、その感覚をいかに持てるかどうか。

もし、まばたきできないくらい素晴らしい風景や、おいしすぎて黙りこくってしまうほどの食べ物、キレッキレの職人技が光る伝統工芸、最初はビビっても慣れちゃえば心地よくひびく方言・風習がそこにあったとしたら、それは、文化をはぐくみ、枯らさずに守り続けてくれた先人がいたということ。つまり、そういった人や地域の軌跡を、ずかずかと土足で入り込み、踏み荒らしちゃいけないよね、という感覚。

敬意を払い、過去を学び、そこから汲み取ってみて、後からきた自分たちになにができるかを考えていく。そのとき、いろんな人の視点が入ると良いはずで、先ほどの「生きた時代が異なる世代、専門性が違う職業…」のくだりになるわけです(二度手間すみません)。

 

「混ざりあわせること」を、沖縄の言葉では「ちゃんぷるー」と言います。古きと新しき、外と内、オフラインとオンライン…挙げたら切りがないですけど、ほどよくちゃんぷるーされた(かつ、歴史をないがしろにしていない)地域では、そこでしか生まれない化学反応がある、と信じたいものです。

なんだかんだですよ、どんな都道府県どんな地域であっても、多様性を排除することなく、互いを活かし合えること、互いに互いに入り込めるような余白がその場にあること、はミソのようです。カクテルもちろんのこと、その他、音楽や空間をもうまーく混ぜあわせてくれるような、移住におけるバーテンダー(的存在)は必要ってことかもしれません。

 

勝手気ままに「移住」を自由研究している、27歳(彼女なし)からの報告は、以上です!

 

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