日本(の魅力)はそんなもんじゃないよな

日本人の知らない日本が、まだまだある。あれ、これって前も言ってたな

全国各地、知らないだけ、行ったことがないだけで、魅力的な場所はたくさんあるんだろうなぁ。美味いもの、職人業がつまったもの、きれいな風景、そして、そこで暮らす人は、その土地の財産そのものだ。


沖縄から上京したばかりの頃の、バカたれなぼくは、沖縄と東京だけで、日本を知ったつもりになっていた。だけど、それは当然のように間違っていて、同じ沖縄でも東京でも、ところ変われば、知らないものばかり。発見ばかりだった。


勝手な思い込みが、自分の中の「日本」を小さくしてしまっていた。その感覚が変わったのは、学生時代のアルバイト(営業)で都内を動き回ったとき。東京の多様性を景色として突きつけられた。駅ひとつ毎に変わる文化や、奥多摩と新宿のギャップはすごいなぁと思ったわけ。

それまで、一言で「東京」とくくってしまう自分が恥ずかしくなった。そう考えたとき、全体としての「日本」はどれだけ広がりがあるんだろ〜、とワクワクしたのを覚えている。


また、ぼくは外国語大学の日本語学科に通っていた。そこでは、生徒の半数以上が外国人(主にアジア系)だったのだけど、彼らの語る日本のおもしろさにはハッとすることが多かった。

広義では、日本人なのに、日本語をちゃんと学ぶということをやっていたので(もちろん、他のことも学ぶが)国内にいながらにして、国内を海外視点でみるトレーニングが自然とできたいたのかもしれない。

 

そういった経験が、日本という国について、もっと知りたいなぁという気持ちを高めてくれた。

そんな好奇心が、東京を離れ、京都へ、奈良へ、香川へ、徳島へ・・・というように土地土地をまわる経験につながる。約1年を通しての西日本(のまだまだ一部)で知った、その土地の魅力というのは、今でも褪せることはない。

そして、いま、ぼくは沖縄に戻ってきている。上京する前にはなかった感覚をおみやげに、沖縄で動き回っている。職業は、主に、ライターだ。商店街での場づくりにも携わっている。

 

公私ともにアンテナを張って、あらためて地元の沖縄で過ごしていると「ここ、おもしろい」「きれいだ」「超レアだな」と、どこか新しいところに足を運ぶたびに、アッとなる。

商店街に関して言えば、毎日のように通り過ぎているところなのに、毎回発見があるのは、まるで宝箱のなかに自分がいるかのようで、ほんと楽しい。街には人情も残ってて、ほんとクサくていい。

 

沖縄に戻ってきてから9ヶ月ほどが過ぎた。数え上げたらキリがない!ってくらい、紹介したいと思うところも増えたよ。だから、身近な人を案内できたらなとつよく思う。

案内したいと思うのは、紹介したい「いい場所」はたくさんあるけども、そこは一人でピュッと行くだけでは、分かりづらいから。その場所にまつわる話があったり、「ここから見る景色がいいよ」としれっと教えてくれる“人”の存在って大きい。想像以上に、大きい。

 

もちろん、その場所での感じ方、受け取り方は人それぞれ自由なのだけど、やっぱり知ってもらえたらいいな、と思うことは、嫌がらない範囲でこっそり伝えてはおきたい。

それは、ぼくがいろんな土地を周るなかで、いろんな人に案内をしてもらったからこそ感じた魅力があったからだ。人があって、土地が見えてくることは少なくない。いや、むしろそれが全てだと、ぼくは思いはじめてる。

 

これまで、さまざまな土地で案内してもらった感覚をもとに、今度はぼくが案内する側になる。おもてなしてもらった分を、おもてなし返せたらいいなぁ、とただただその想いがある。先輩に奢ってもらってきたから、後輩にその分を還そう、という感覚に近い。

そうやって、ちょっとずつ沖縄を案内しはじめて感じたことは、驚きと痛み。

 

驚き。自分の知っている場所を案内したときに、外からきた人の目線/視点にハッとすることがある。新しい魅力なんかを、彼らは教えてくれるのだ。ありたがいこと。

案内してるようで、案内してもらっているような気持ちになる。Uターン者としては、外の視点を持ちつづけるように、と思うのだが、やっぱり沖縄にいればいるほど、外の視点というのは弱くなってくる。だから、新鮮で助かるのだ。

 

痛み。沖縄について、知らないことがまだまだ・・・と気付かされること。あたりまえだけど、沖縄にきてくれたみんなに、同じところを案内するわけではない。趣味とか好みとか一人ひとり違えば、沖縄で求めているものも違う。

「この人には、あそこがいいだろう」「あの人は、ここ好きそうだなぁ」という自分の中の選択肢をもっともっと増やせていけたらな、と切実に感じるので、案内することはピリッと刺激になる。

 

と、 そんな流れもあって、「沖縄にきたら声をかけてくださいね」と伝えておきたい。知り合いへ、知り合いの知り合いへ。もしくは、ちょっと関心というか、感覚が合いそうな方なら繋がりがなくても。楽しんでもらって、沖縄県「内⇆外」の人の行き来が増えたらいいなぁ、という想いそれだけで。

特に、国際通り近くの「牧志商店街」と、地元の「伊平屋(いへや)島」は一緒に回りたいな。空港からすぐに行ける那覇と、ちょっとそっとじゃいけない離島を、ぼくが案内させてもらえたらと思う。一応、これでも国内添乗員の資格も持ってるのよ。

 

正直なところ、国際通りは歩いてみても、似たようなお店ばっかで淡々としている。だけど、ちょっと横道1本入ってみて、奥にズンズンと進んでいけば、新旧のお店が並び、くらしが残る街の様子がわかる。だけど、ごちゃごちゃし過ぎてて、見落としにくいものも。

今は、水上店舗という古い建物に「ぺとぺと」いうユニットで基地を構えている。ここを拠点に、「水上学舎」という学校づくりや、商店街での手づくり市、制作物を進めている。その中で、自分たちの遊び場を広げながら、商店街のいろんな人にお世話になりながら、集まったきた情報をとどけれたらと。

 

また伊平屋島は、沖縄-最北端にある離島で、沖縄の人も知らないこともあるっていうくらい(まだ)無名島。だけど、“知る人ぞ知る”って感じなので、観光地として荒らされてることはなく、自然は超豊か。原風景が残り、ぼくは「恐竜が出そうな島」と勝手なコピーをつけた。

島と言えば、やはり「海」の存在が大きいのかもしれないけど、いへやは海だけでなく、山、川もくらしの一部としても存在し、美しいところ。と、地元自慢としてお伝えしておく。「いへやは、どんな場所なのか?」というのを、写真とともにちょっとご紹介(あえて一枚一枚の説明は割愛でっ!)

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海のブルー、山のグリーンはもちろん、夜の黒もいい。ただの黒じゃなくて、星がこれでもか!ってくらい光も一緒に映り込んでくる。流れ星なんて見ようと思えば、何度でも見れて(これホント)、理科の教科書をまんま眺めているかのよう。キャンプもできるよ。

植生も、沖縄のそれとは微妙に違ってるみたいで、竜舌蘭(テキーラとかの原料になるやつ)も自生してるし、太古を連想するような植物も多い。クバ笠の材料になる、クバだけが茂るクバ山。100年以上も生きるリュウキュウマツなんかもある。

あとは、天照大神が隠れた、と俗に言われる(天岩戸伝説)クマヤ洞窟も。実は、琉球王朝の王族の言われもあったりで、研究者もよく来る。海/山/畑/家事で育ってきた、手しごとも達者。そういう意味では、生命に溢れる、神秘的な島なんじゃないかと思う。

 

地元だから、ちょっといい過ぎからもしれないけど、いいところなんすよ。なので、あらためて、行きたいって人はぜひ声かけてください。商店街に伊平屋島に、もちろん県内他のところも。時間のある限りはご一緒させてもらいます。

それとそれと、ぼく自身ももっと外に行きたい、もっと知らない土地に行きたい(人づてに限るけど)。どこが一番いいとかじゃなくて、違った土地の魅力に対する好奇心はつよいなぁ。いいところは、どこもいいんだ。

 

取り留めもないけど、ぼくも隙あらば、国内どこでも言ってみようかと思うので、みなさんも大きく土地を踏み越えてはどうだろう。

 

自分の中にある日本のイメージを変える機会は、自分がそこに行って、自分の目で見て、聞いて、食べて、嗅いで、触れて、と五感あってこそ。「日本ってこんなもんだ」頭で思ってしまえば、あなたの「日本」はそれっきりだとも思う。

あ、あと、ネットは行くきっかけになるかもしれないけど、それだけで終わるなんてもったいないよね。その行くきっかけに、ぼくという「人」も加わったらいいな、とひっそり案内の準備を日々している。おいでやす(エセ)。

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