知る、が行きつくところ

家にいるとどうしても落ち着かない、気が散ってしまうことが多い。夕暮れあと、いつも通りに作業をしようと、バスに乗ってよくカフェに向かう。

だけど、がま口(小銭入れ)を持ってカフェに着いたはいいが、財布(札入れ)を忘れていたようだ。やっちゃった、と帰りのバス賃もなく、歩いておうちまで。

歩くことは、考えること、整理すること。とぼくの中で役割が決まっている。だから、しごとの一部だし、くらしの一部でもある。

あれのことをあれこれ考えた。語られること、話題にされること自体に意味があるのだと思う。そして、「知る」とは「人にやさしくなる」ことではないか。

帰りの徒歩、いい時間だった。そして、もろもろ取り組むぞ@おうち

 

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